「がん」になるって、どんなこと?

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「がん」になるって、どんなこと?

大学病院のがん専門医による、がん教育活動の記録です。

いざ、学校へ!①

養護教諭の若林先生の特別な思いもあり、こうして私のがん教育はスタートすることが出来ました。今でこそ、がん教育が自分のライフワークの一つであると公言していますが、もし、彼女の申し入れがなかったら、私はがん教育を諦めざるを得なかったのではないかと思います。その意味では、彼女は私にとって救世主とも言えます。人生は全く分からないものです。

さて、学校からがん教育の許可をいただいて、やっと一安心したものの、私はまたまた、すぐに現実に引き戻されました。保健室で若林先生と具体的な授業の相談を始めた時に、まず最初に私の授業案を説明するように求められたのです。

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すでに頭の中では、「がんを通じていのちの教育をしたい!」という最終的な目標はイメージしていましたから、例によって能天気に、「まず最初にこんなことを説明して、そのあと子どもたちの反応を見ながら次の話に進んで、もし理解してくれるなら、心に響くような話をいくつか入れて・・・・」、「先生と適当に掛け合いをしながら、あとはその場の雰囲気で・・」、などと伝えたら、それまでにこやかに聞いてくれていた彼女の顔が急に険しくなりました。

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意外な反応に戸惑う私に、彼女は「林先生、学校では授業を思い付きで行うことはできません!」と真顔でビシッと言いました!
私は彼女の指摘に、内心焦りました。そう言われてみると、同じ教育現場でも、大学病院と小学校での教育が同じはずはありません。私は学校の先生たちがどんな風に授業をしているのか、そして子どもたちがどのような反応をするのかも、何一つ知らなかったのです。

大学教授になって5年近くたっていましたが、考えてみたら、一度も教育学なんて勉強したことはありませんでした。大学教員は、小・中・高と異なり、国家資格である教員免許がありませんから、何も教育について学ばずに教壇に立つことができるのです。他の学部はわかりませんが、医学部の教員で教育学を一から学んだことのある人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

私が勤務する大学で行っていた授業は、旧態依然とした系統講義が中心でした。医学部での授業は医学教育カリキュラムに沿って、大まかな教育内容は決められているものの、小・中・高の学習指導要領のように、きめ細かなものではなく、授業は自分が言いたいことをスライドにまとめ、アドリブで適宜行っているだけでした。

それでも10年ほど前から、チュートリアルという、少人数での自学自習のグループ学習も導入してはいたのですが、そこではただ見守るだけで、積極的な働きかけはしないように言われていました。アクティブラーニングを進めるだけの、教師としての力量がないのですから、やむを得ないのかもしれません。

小学校の教育現場は、大学とは全く異なっています。教育指導要領には、法的拘束力がありますから、授業内容は教育指導要領を遵守しなければなりません。しかも実際の授業のためには、授業の目当て、内容、構成などを詳細に記し、分刻みの進行スケジュールまでも事前に決めた授業案が不可欠だったのです。

教育学部での授業や教育実習で、授業案はうんざりするほど作成しましたから、今なら至極当然のことだと思えるのですが、その時の私の感想を正直に表現すると、「えー、なんでそんな面倒なこと言うんだろう」、「そんなのなくても、授業はできるのに....」、って感じだったかもしれません。

無言の私に彼女は、「まずは一度、実際の授業を見てください!」と、促しました。