「がん」になるって、どんなこと?

「がん」になるって、どんなこと?

大学病院のがん専門医による、がん教育活動の記録です。

【6月7日(水)】朝日新聞で私の患者さんをご紹介いただきました。

朝日新聞の『老いとともに』という特集記事に、現在、私が治療を担当させていただいている患者さんをご紹介いただきました。高齢者のがん治療をどう考えるべきか、という企画です。

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彼女は現在80歳で、一昨年に、かなり進行した食道がんが見つかりました。手術をするには進行しすぎていたため、消化器外科の主治医から、化学放射線療法(抗がん剤と放射線の併用療法)を提案され治療をしたところ、著効して、病巣はかなり小さくなりました。

f:id:doctor-teacher:20170607213448j:plain根治の可能性もでてきたので、主治医は手術を勧めたのですが、彼女は頑として拒否しました。主治医は、手術がどうしても不安なら、せめて抗がん剤の治療を続けてはいかがですか?とも提案したそうですが、彼女の態度は変わりませんでした。

 手術をしないなら、抗がん剤や緩和ケアが専門の私の方がいいだろうと、外科医が私を紹介してくれたので、私がその後の主治医となりました。

 外来でお話ししてみると、彼女は非常に聡明で、穏やかで、ご自身の状況も、治療の選択肢についても、全てを理解していました。ご夫婦二人のお宅でしたが、とても面倒見のいい娘さんがお近くにお住まいで、治療を拒む社会的な要因も全くありませんでした。

ただ、彼女には、足が不自由で、介護が必要な夫がいました。これまでも、彼女が二人三脚で彼を支え続けていたのです。幸い最初の治療の副作用は、それほど強くなかったので、治療中も、彼女はずっと彼を介護し続けることができたのでした。

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最初の外来で、『なぜ引き続いて、追加の手術や抗がん剤の治療をしなかったんですか?』と訊ねた時、彼女は『7歳年上の夫をずっと支えていたいので、がん治療で体力を消耗したくないんです。』、と答えてくれました。『87歳になった夫も、食道がんになった自分も、もう残された時間はそう長くはありません。それならば私は死ぬまで彼の世話をしていたいんです。』 

彼女の凛とした態度と、愛情に溢れた明快なお答えに、私は正直その場で深く感動してしまって、頷くだけで精一杯でした。

それからずっと、彼女は3か月おきに一年近く、経過報告だけに外来受診してくれました。ところが先日の外来では、診察室に入ってくるなり、『先生、私ちょっとだけ治療してみたいんですけど・・・』とおっしゃったのです。

理由をお聞きしたら、付き添いの娘さんが、『父が2週間前に亡くなったんです』、と教えてくれました。ご本人は『看病生活が終わって、自分ももういいかな、と思ったんですけど、この娘から、「これから先は自分のために生きて!」って言われて、少し前向きに生きてみようって、考え直しました。今さら、抗がん剤で苦しむのは嫌ですけど、ちょっとだけ治療してみたいんです。点滴じゃなくて、飲み薬の抗がん剤とか、ありませんか?』とにこやかにおっしゃいました。

私からは、内服の抗がん剤もあるけれど、効果のある可能性はせいぜい1割か2割程度で、逆に副作用で苦しむ可能性の方がずっと高いこと、このまま経過を見て、もし食道が狭くなって食べ物が通らなくなったら、内視鏡で食道ステントをいれるとか、サポーティブな医療をお受けになったほうがいいのではないか、などとご説明しました。どう考えてもメリットよりデメリットを被る可能性の方が高いことを強調しました。

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でも、彼女は相変わらずの笑顔で、『そうでしょうねぇ。。。。でもね、私、どうせ死ぬんなら、ちょっとだけ、ちょっとだけ、最後に挑戦してみたいんです。』と譲りません。

なんて素敵な患者さんでしょう! 娘さんも、微笑みながら大きく頷いているのを見て、私は迷うことなく、彼女に内服の抗がん剤治療を行うことを決めました。もちろん治療してみて、副作用が強かったり、効果が出ないようならば、早めに中止することもご了解いただいています。

 

わが国は超高齢化社会を迎えつつありますが、『高齢者だから.....』なんてくくり方は、それ自体、ちょっと不遜のようにも思います。彼女のように、状況によっては、生き方すら変わってしまう場合もあるわけですから、重要なのは、その場その場で、患者さん側に選択する自由があることではないでしょうか。

われわれの仕事は、病気を治すことだけではありません。患者さんの人生の結び方のご相談に乗ることも、すごく大切な仕事の一つなんだと、改めて感じ入りました。