「がん」になるって、どんなこと?

「がん」になるって、どんなこと?

大学病院のがん専門医による、がん教育活動の記録です。

 【9月29日(金)】葛飾区立新小岩中学校で授業をしました!

葛飾区立新小岩中学校で授業をしました!

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この学校の校長先生は青木孝子先生です。文科省のがん教育推進検討会の委員をお務めになっていたので、以前から存じ上げていたのですが、学校に伺うのは初めてでした。

霞が関で行われていた検討会の会議では、常に大きな声でバシバシ正論を主張しつつ、一方で細やかな調整役もされておられました。しばらく前に東大の中川先生に、いのちの授業をしていただいたたことがあったそうですが、今回は、がん教育が正式に採用されることが決まってから、葛飾区内では最初のがん教育をしたいからぜひ来てほしい、といううれしいご依頼だったので、二つ返事でお引き受けしました!

せっかくの機会なので、あれもしたいこれもしたいと考えていたのですが、まずは事前打ち合わせをさせていただきたいと、9月初めに新小岩中学校にお邪魔しました。青木先生に、ぜひ2コマ頂きたいとか、私だけ話をするではなく、がん経験者もお呼びして・・・などとご相談していた際に、彼女がぽろっと、『あたしも少し話そうかな、いや、やっぱりいいや・・』なんておっしゃったんです。

私は職業柄か、彼女の表情がすごく気になったので、そこからいろいろ掘り下げてお聞きしてしまったのですが、青木先生のお話は、私も心底ぐっとくるような、実に素晴らしい体験談でした!!

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彼女は当初は何度も『やっぱやめようよ』、とためらっていましたが、最終的にはお母さんが彼女が12歳の時に、35歳という若さで、すい臓がんで亡くなったことを告白してくれました。そのころの話は、家庭でも職場でも、ほとんど誰にも言っていなかったらしいのですが、私と話しているうちに、小さなつい子どもだったのころの想いに戻ってしまったようです。

現在もそうですが、彼女は生来、元気いっぱいの女の子で、地域のガキ大将でした。いつも男の子たちを子分の様にして引き連れていたそうですが、そんな幼かった彼女が、ある時からお母さんの体調が急に悪くなったことに気が付きました。医者通いをしているうちに、入院を繰り返すようになり、彼女は子供なりに心配したのですが、周りの大人からは、おできとだけ聞かされていたので、無邪気に『おかあさんはお腹におできができたけど、入院して治すの!』なんて言って、お母さんの闘病中もいつも無邪気に遊び回っていたそうです。

彼女が家族から、お母さんががんであること、そしてもう長くないことを聞かされたのは、お母さんが亡くなる一週間前でした。

突然母親の余命が数日だと知らされた時、彼女は何も知らなかったことを心の中で何度も母に詫びました。もっと早く知っていたら、もっといい子でいたのに・・・もっとお手伝いできたのに、って。でもお父さんからは、「いいか、絶対にお母さんの前では泣いたらダメだぞ!」って強く言われたので、毎日必死に涙をこらえていました。

残念ながらどんどんやつれていったお母さんは、あるとき彼女を病院のベッドサイドに呼んで、両手でしっかりと彼女の手を握りながら、『あなたはハキハキしているし、お話をするのが上手だから、学校の先生になりなさい!』って言ったのだそうです。弟さんには、『夕方5時の鐘が鳴ったら、ちゃんとすぐにおうちに帰るのよ。』と。

それがお母さんの遺言となりました。

お母さんが亡くなったとき、小学生の女の子にとって、それはそれは悲し過ぎて辛すぎて、彼女は何年間も耐えきれない思いで過ごしました、52年も前の話なのに、今でも思い出すと涙が止まらないと、目を真っ赤にしながら、絞り出すように私に語ってくれました。

3人きょうだいの長女だった彼女は、まだ小学生だったのに、その後は小さかった兄弟の母親代わりとなり、朝から晩までフル回転でがんばりました。お母さんの言葉をしっかり胸に秘めて、一生懸命真面目に頑張って、約束通り教師になって、とうとう校長先生にまでなっていたのです。

自分は何も知らなかったから、子どもたちにはきちんとと正しいことを伝えたいとおっしゃっていました。私は彼女のそんなを聞きながら、深く感動してしまって正直ウルウルしっぱなしでした。いつもパワフルな青木先生に、そんな背景があるなんて、思いもよりませんでした。

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生徒たちは、すでに、あるいは近い将来に青木校長のような思いをするわけですから、私は即座に『校長先生、この話はものすごく価値のある話です。いつも身近で仰ぎ見ている校長先生の等身大のお話は、私の話なんかより、子どもたちには何十倍もインパクトがあります!』と言って、がんの授業の中で、彼女に自分語りをしてもらうようにお願いしました。青木先生はためらいながらも、最終的には了解してくれました。

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私の授業は、通常は前半をがんの知識の授業、そして後半はがんを通じた心やいのちの授業という構成にしています。この日の授業は、全体で90分2コマでしたが、私が最初30分ほどがんについての知識を授業したあと、10分間の休憩を挟んで、青木先生のお話から後半に入りました。生徒たちは、校長先生が一体なにを話すんだろうと、最初は興味津々だったようですが、青木先生が真剣な表情で、「今まで学校では話したことがないのですが、今日は、私自身の話をします。」と切り出すと、一気に雰囲気が変わりました。

青木先生のお話は、まさに圧巻でした!

ご自身も感極まって、時に涙声でしたが、生徒たちは全員が青木先生をまっすぐに見つめ、たくさんの生徒がポロポロと涙を流していました。身近な青木校長が、小学生の女の子に戻って、優しく語ってくれたお話は、生徒たちには将来の大きな宝となると思います。周りで聞いていた先生方も、皆さん顔を拭いながら聞き入っておられました。

がん教育の外部講師については、文科省はがん医療者あるいはがん経験者を想定していますが、青木校長のようながん患者のご家族にお話しいただくことも、また素晴らしい学びになります。私自身もこれまで気が付きませんでしたが、今後は教育関係者の会議やがん教育担当者向けの講演でも、ぜひ強調していきたいと思いました。

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この日の授業には、葛飾区の教育委員会の先生方も参観に来てくださっていました。葛飾区でも、数年以内に、小中学校でがん教育を全面展開したいです、と言ってくださったので、嬉しさ100倍でした!

新小岩中学校の生徒の皆さん、ご準備いただいた先生方、大変お世話になりました。

心から御礼申し上げます。